東京高等裁判所 平成元年(行ケ)199号 決定 1992年11月25日
原告
矢嶋工業株式会社
被告
青山好高
主文
特許庁が、同庁昭和五九年審判第七三五二号事件について、平成元年六月二九日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた判決
一 原告
主文同旨
二 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者間に争いのない事実
一 特許庁における手続の経緯
1 原告は、昭和五九年四月一一日、被告が権利者である登録第一四一六〇八〇号実用新案権(以下、その考案を「本件考案」という。)につき登録無効の審判を請求した(同年審判第七三五二号事件、以下「本件無効審判事件」という。)。
2 一方、被告は、本件無効審判事件が継続中の昭和六〇年八月一二日、本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載の訂正を含めた明細書及び図面の訂正をすることについて審判を請求した(同年審判第一六七一八号事件)。
3 特許庁は、平成元年六月一九日、右訂正審判事件につき、原告が申し立てていた訂正異議の申立ては理由がないとの決定をするとともに、本件考案の明細書及び図面を訂正審判請求書に添付された訂正明細書及び図面のとおりに訂正することを許可する旨の審決をした。
そして、右同日をもって原告の請求にかかる本件無効審判事件につき審理を終結したうえ、同年六月二九日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同年八月二六日、原告に送達された。
なお、右訂正異議の決定謄本が原告に送達されたのは、同年八月九日であり、右訂正審判の審決謄本が被告に送達されたのは、同年八月一二日である。
二 本件考案の実用新案登録請求の範囲
1 訂正前の実用新案登録請求の範囲
「円形の部品容器の内周部に螺旋形段部を設け、該部品容器に送出振動を与えて部品を供給するパーツフィーダーにおいて、螺旋形段部の上部終端部位に連続的に接続した送出板をその外周端部が低くなる姿勢で傾斜させて設置し、送出板を大部品区域と小部品区域とに区分する仕切部材を部品容器の円周方向にほぼそわせた状態で設け、前記仕切部材の一部を小部品のみを通過させる寸法計測部材で構成し、小部品区域内の過剰小部品を送出板から落下させて部品容器へ回収する手段を設け、前記大部品区域と小部品区域の各々に部品送出用の供給管が接続されていることを特徴とする複数種類の部品用パーツフィーダー。」
2 訂正後の実用新案登録請求の範囲
右訂正前の実用新案登録請求の範囲の「接続した送出板を」の次に、「部品容器の直径方向に張出した状態であると共に」を加入した以外は右訂正前のものと同じである。
三 本件審決の理由の要点
本件審決は、訂正審決で認められた訂正後の明細書及び図面に基づき、本件考案の要旨を訂正後の実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりのものと認め、これを前提として、請求人(原告)の主張した明細書及び図面の記載不備並びに公知事実に基づく容易推考性を理由とする登録無効事由について、いずれも理由がないものと判断した。
第三争点
一 原告主張の審決取消事由の要点
1 取消事由(一)
本件審決は、前記のとおり、本件考案の要旨を訂正後の実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりのものと認め、これを前提として、訂正後の明細書及び図面に基づき、請求人(原告)の主張した登録無効事由について判断した。特に、本件考案の明細書及び図面の記載は実用新案法(昭和六二年法律第二七号による改正前のもの、以下同じ。)第五条三項・四項に規定する要件を満たしていないものであるとする請求人(原告)の主張に対しては、「上記訂正審判において本件明細書及び図面の訂正が認められ、・・・不明瞭の点は解消した。」としている。
しかし、本件無効審判手続中、請求人(原告)に対し、本件考案の要旨が訂正審判によって変更されることは何らの通知もされず、したがってまた、訂正後の審判の対象について主張立証する何らの機会も与えられることなく、不意打ちによって、本件審決はなされたものである。
この重大な手続上の瑕疵に基づきなされた本件審決は、違法として取り消されなければならない。
2 取消事由(二)
本件審決は、請求人(原告)の主張した本件考案は公知の刊行物に記された考案あるいは公知公用の考案に基づいてきわめて容易に推考することができたものであるとの登録無効事由を理由がないとして排斥しているが、この判断は誤りである。
二 被告の反論の要点
1 取消事由(一)について
(一) 原告は、本件無効審判手続中、訂正後の審判の対象について、何らの主張立証の機会も与えられることなく、不意打ちによって、本件審決がなされた旨主張する。
しかし、被告は、本件無効審判事件の昭和六〇年八月一二日付け答弁書において、本件考案の明細書及び図面の一部について訂正審判を請求する旨を予告し、同日付けで訂正審判の請求をした。その訂正内容は、昭和六三年七月一八日に公告された登録実用新案審判請求公告第二六二号のとおりであり、この内容どおりに訂正審決で訂正が認められた。
原告は、右訂正公告のされた日に訂正異議の申立てをしているのであるから、訂正公告の内容を熟知していたのであり、本件明細書及び図面が請求公告どおりに訂正されることは十分に予測できたことである。したがって、本件無効審判手続において、原告は、訂正許可を予測したうえで、これに対応した予備的反論をするべきであった。しかるに、原告は、審理終結通知まで十分な時間的余裕があったにもかかわらず、注意義務を怠り、何らの反論をしていないのであって、その責任は全て原告が負うべきものである。本件審決が不意打ちとの主張は、自らの責任を他に転嫁するものであって、到底認められない。
(二) 仮に、本件審決に手続上の瑕疵が認められたとしても、本件審決は、これを理由に違法として取り消されるべきではない。
本件審決は、本件考案の要旨を訂正後の実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりのものと認定したのであるが、その訂正は、実用新案登録請求の範囲の減縮を目的として、前記のとおり「部品容器の直径方向に張出した状態であると共に」を加入したものにすぎないのであって、本件考案の要旨は実質的に同一であり、本件考案の内容に何らの変更はなく、これに対して、原告から新規の主張立証が必要であるとは考えられないものである。また、本件明細書の考案の詳細な説明及び図面の訂正は不明瞭な記載の釈明であって、訂正の前後によって考案の実体に変更が生じるものでなく、すでに原告からこれに対応した実質的な主張立証がされているものである。
このように、実用新案登録請求の範囲の記載を含め本件明細書及び図面の訂正は、本件審決の結論に影響を及ぼすほど大幅な訂正ではなく、これについて、原告に新たな主張立証を許さなければ、原告に不利益を与えるというものではない。
したがって、右手続上の瑕疵は、本件審決を取り消すべき事由とはならない。
2 取消事由(二)について
取消事由(二)に係る本件審決の判断は正当であり、原告の主張は理由がない。
第四証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。
第五当裁判所の判断
一 原告主張の審決取消事由(一)について判断する。
1 前示当事者間に争いのない本件審決の理由の要点によれば、本件審決が、訂正審決で認められた訂正後の明細書及び図面に基づき、本件考案の要旨を訂正後の実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりのものと認定し、これを前提として、請求人(原告)の主張した登録無効事由について判断したことが明らかである。
しかし、前示当事者間に争いのない特許庁における手続の経緯によれば、訂正審決がされたのは平成元年六月一九日であるが、その謄本が被告に送達されたのは同年八月一二日に至ってであるから、同訂正審決はこの送達によってはじめて外部的に成立し、かつ、訂正を許可する審決に対しては不服申立ての方法がないから、同訂正審決はこの送達と同時に確定し、これにより実用新案法第四一条で準用される特許法第一二八条所定の効果が発生したものである。
したがって、本件無効審判事件につき本件審決がされた平成元年六月二九日当時、右訂正審決は内部的には成立していたものの外部的には成立しておらず、いわんや確定の段階に達していなかったのであり、訂正審決の右効果もいまだ発生していなかったことが明らかである。にもかかわらず、本件審決が、本件考案の要旨を訂正後の実用新案登録請求の範囲の記載のとおりのものと認定したことは、本件無効審判の対象を誤った瑕疵があるといわなければならない。
そして、前示当事者間に争いのない事実によれば、特許庁は、本件考案の明細書及び図面の訂正を許可する審決をしたその日に、本件無効審判事件の審理を終結しているのであるから、本件無効審判事件の請求人である原告が、同事件の審理手続中に、訂正後の本件考案の要旨に対応して従前の主張立証を修正変更し、あるいは、新たな無効原因を主張立証をする機会がなかったことは明らかである。
また、成立に争いのない甲第一四号証によれば、本件無効審判事件の審理終結通知が請求人(原告)代理人の事務所に到達したのは、本件審決がされた平成元年六月二九日の後である同年七月七日であることが認められるから、請求人(原告)としては、実用新案法第四一条により準用される特許法第一五六条の規定に基づき審理の再開を求める申立てをする機会も与えられなかったことになる。さらに、本件無効審判事件の審理中に、当事者に対し、訂正が許可される場合に備えて、無効原因の存否に関する従来の攻撃防御方法につき何らかの修正補充をする機会を与える措置がとられたこともないことは、弁論の全趣旨に照らし明らかである。
そうすると、本件審決は、無効審判の対象を誤った瑕疵に加え、本件審決が対象とした訂正後の本件考案の要旨につき、当事者に対し、その無効原因の存否に関する攻撃防御方法を提出する機会を一切与えることなくされた手続上の瑕疵があるといわなければならない。
2 被告は、本件訂正の前後において、本件考案の要旨は実質的に同一であり、考案の内容に変更が加えられたものでないから、本件審決に手続上の瑕疵があるとしても、この瑕疵は審決の結論に影響を及ぼすものではないと主張する。
しかし、この点を本件審決取消訴訟で審理判断するためには、本件無効審判事件において原告が主張していた公知事実に基づく容易推考性を理由とする登録無効事由につき、本件考案の要旨が訂正されたことによって、原告が従前の主張立証をどのように修正変更し、あるいは、新たな無効事由としてどのような主張立証をするのか、それが具体的に審決にどのような影響を及ぼすのかについて、審理判断を要することになり、これを本件審決取消訴訟において審理判断することは、結局、審判手続において審理判断されていない無効事由につき、審決取消訴訟において審理判断することに帰着するのであり、これが許されないことは明らかである。
そうすると、本件無効審判事件における前記手続上の瑕疵は、原告が無効審判手続において新たに主張立証する機会を与えられたならば、どのような主張立証をすることができ、それが審決の判断を動かすに足りる有効適切なものかどうかを問うまでもなく、本件審決の取消原因となるものといわなければならない(最高裁判所昭和四五年(行ツ)第三二号昭和五一年五月六日一小判決参照)。
したがって、本件審決は、取消事由(二)について判断するまでもなく、違法として取消を免れない。
二 よって、原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)